頭をすっきりさせるためのブログ

日々の勉強や、自分の興味のあることをまとめ、複雑なことをすっきりさせるためのブログです。

大坂なおみ選手おめでとう・ω・

 少し遅れたが、最近どうも色々話題になっているようなので自分なりにまとめておきたい。

 私事だが、テニスがとても好きだ。個人または2人での戦いであり、メンタル、フィジカルともに他のスポーツより影響しやすいと思われ、かなり努力が報われやすいからかもしれない。私の年代よりはだいぶ上になってしまうが、往年の名選手のプレイ、アンドレ・アガシやステファン・エドバーグ、シュテフィ・グラフやモニカ・セレス・・・を挙げればきりがないが、父親がスポーツ観戦が好きで多くのビデオ(VHS!)を遺してくれたのでよく見ていた。拮抗した場面で鋭くコースを突くショットが決まると、その選手の精神力の強さとそれを支える肉体に感動したものだった。

 さて、今回大坂なおみ選手が日本男子女子を通じても初めてとなるグランドスラム優勝を飾った。本当におめでとう。あなたのプレイは完全に優勝者にふさわしいプレイでした。プレイに関しては批判されるべきはセリーナ選手であると思いますが、ここではそれについては触れたくないので触れません。

 しかしその後、たまに私の感動に罅を入れるような、極めてくだらなく低俗な話題、そしてそれが日本人により展開されているという現実に吐き気を催すようになった。

 それは

            大坂なおみ選手が日本人か否か。

という話である。途中の話は多くのネット記事やブログで書かれているので省略し、私の考えや結論だけを書きたい。

 まず、多くの人に問いかけたい。

            あなたは日本人ですか?

そして、YESと答えるのなら

            どうしてあなたは日本人なのですか?

おそらくこのブログを見てくれるだろう人は日本人だから日本人にしたが、なに人でも構わない。多くの人は肌の色や言語、親の国籍や、法律的な国籍を理由に挙げるかもしれない。

 ここで1つ個人的に不適当だと思う意見を挙げたい。ある有名人(?私は有名人や芸能人に関しての知識が本当に少ないのでわかりませんが)、サッカーフランス代表を例に挙げ、日本は、もう21世紀だから、狭い島国根性をやめろというような意見だ。この人が言いたいことはわかる。しかし言っていることはスカスカピーマンのようだ。というのも
 1,21世紀だから島国根性をやめるという理論が意味不明。
 2,日本人に限らず人はそう簡単には変われない。
 3,島国根性という言葉は差別的だと思われ、対象としている事柄との乖離があると思われる。

1,2についてだが、日本という国の歴史を見れば、明治以降まだ150年しか経っていない。そして、日本という国は第二次世界大戦後、恐ろしい速度で成長し、今のような経済国になった。そして、そういうような成功を収めたのなら、

         今までのようにすればいいのではないか?

と考えるのが普通だと思われる。そしてこれは人間として、生物としてはごく普通の性質であると思われるので、責められるべきではないと思う。仮に21世紀だから~と言っても人種差別の問題が20世紀に跋扈していたことを考えると、20世紀に改められなかったことが21世紀頭に改められるとは到底思えない。ただ、言っていることは正しいと思うし、これだけなら揚げ足を取るようなことはするつもりはなかった。しかし、3がある。辞書を引けば

 島国根性とは:他国と交流の少ない島国に住む国民にありがちな、視野が狭く閉鎖的でこせこせした性質や考え方。(コトバンク

と出てくる。確かに日本語の意味としては正しく使われていると思う。だが、私はこの話題に関して、こういう言葉を使うことが正しいとは思えないのだ。それは同じ穴の狢だろうと。もし宇宙人がいたとしたら、所詮は地球根性だよねと言われそうである(冗談です)なのでどうも説得力がなく、前に書いたようにスカスカピーマンなのだ。

 と少し話が脱線したが、先の質問に戻ろう。つまり、私達が、私は~人であると言うとき、何を根拠にしているか、ということに関しての私の考えである。以下不適当だと思う例を挙げる。

 1,私の両親は日本人で、私は日本生まれだから日本人だ。
 2,私は日本国籍で、日本語がぺらぺらだから日本人だ。

他にも考えられるが、大まかにこの2つの理由が大きいのではないか?例えば法律の専門家なら1に疑問をもつことはないのではないか?他の例を考えてみよう。

 1’、私の父親は日本人で、母親はアメリカ人だが、日本生まれだから日本人だ。
 2’、私は外国生まれで外国籍だが、日本人より日本語が達者だから、日本人だ。

さて、こういう例を挙げたときに疑問が出てくるのではないだろうか?というのも、1は1’より、より日本人なのだろうか?2’は日本人っぽいが日本人ではなく、2は日本人だろうと思うだろう。しかし2’は直接会って話したら日本人だと思ってしまうかもしれない。では本当は何が私達を日本人足らしめているのだろうかと思うのではないか?確かに言語というのは大きな理由になりがちである。しかし私から言わせればここにあるのはすべて必要条件、しかも必ずしも必要なものではない。法律的には日本国籍をもっていることが必要十分条件なのだろう。

 すこし話は変わるが、私が大学受験の勉強をしていたときに出会い、私に大きな影響を与えた文章がある。それは東京大学が2001年に出題したリービ英雄さんの『私の日本語遍歴』という問題だった。どうか読んだことのない人は(特に受験生は)読んで欲しい。この問題はまず「日本語」に焦点を当てている。この文章では、ただその国に生まれ、なんとなく生きているだけではその国の言葉を本当に理解しているとは言い難いという厳しい指摘がされている。この文章の素晴らしさを説明しようとしたら長くなりすぎる(すでに長い)ので別の機会に譲るが、日本語が自らの感性に結びつくには多くの努力が必要だったと語られている。

 そう、私が1番大切だと思うのは、自らの感性、自らの意志、意思である。外部要因は必要ではない。例えば、日本国籍であるが、アメリカの文化や人々のほうに興味を持ち、英語で自らの感性を表現できるように努力してる人はアメリカ人と言えるのではないかということである。同様に、ただ法律的に日本人だからといって、日本の文化、精神性、言語を理解しようと努めないのは日本人ではないということだ。先程挙げたリービ英雄さんは国籍はアメリカではあるが、(本人がそう望むならではあるが)私なんかより、よっぽど日本人だと思ってしまうのだ。

 さて、大坂なおみ選手ですが、大阪選手はオリンピックは日本代表として出たいという意思を表明しており、彼女の発言の至るところに日本人としての誇りが感じられる。インタビューでのI'm sorry.など非常に日本人的だと(私には)感じられました。

 ここまで書いたことが正しいかそうでないかはさておき、ある人の精神と肉体を乖離させようとするような発言は最低だと思います。大坂なおみ選手が自分は日本人だと思っている(と私は信じている)ときに、他人があいつは日本人じゃないという。一体何様のつもりなんだ?という怒りがふつふつと湧き出てきます。そういうことが言える人間は、~人と言う前に人間じゃないのかなぁって。いじめというのはまだ善悪の判断がはっきりしない低年齢のときに起こってしまうことだと思っていますが、それをいい年した人間ができてしまうことに驚いてしまいます。いや、いじめと言う言葉は甘いですね。精神と肉体に関する差別はかなり悪質な人種差別ではないでしょうか。2つの人種を比べて差別するのですらかなり悪質なのに、それを1人の人間の中で行おうとする。どれだけ苦痛か想像できないし、想像したくもない。

 いろいろと長く書いてしまいましたが、ここに書いてあることが全部正しいとは全く思いませんし、朝勢いに任せて全部書いたので論理的にもおかしいところもあるかもしれません。私としては、かなり感情的に書いたつもりです。

 最後に、いろいろな意見がありますが、大坂なおみ選手のプレイは本当に素晴らしいものでした。男子準決勝のプレイを見て、ジョコビッチが3-0で勝つだろうと予測し、実際にそうなった私が言うんだからきっとちょっとくらいは正しい。(自信があるかないかわからん。)大坂なおみ選手のあの素晴らしい決勝戦をちゃんとみたら(セリーナ選手の抗議はあれだったが)、彼女が素晴らしいプレーヤーで、その彼女がテニス選手として日本国籍で登録していて、オリンピックも日本代表としてプレイしてくれることに誇りをもつにせよ、くだらないことを言う気なんて起きないと思うんだけどなぁ。まだプレイを見ていない人は是非見てください。大坂なおみ選手の一層のご活躍をお祈りしています。(個人的にシュテフィ・グラフというレジェンドを超えてもらいたい。)